ルルドの風

 1.蒼いフォトグラフ


 遠い遥かな街。
 フランスの南西部にある人口わずか15000人の小さな町の話をしてくれたのは、嘗て付き合っていた彼、戸部浩介だった。

 浩介と出逢ったのは、就職してまもない頃。
 新入社員歓迎会の二次会の席。悪乗りをした同僚たちが、偶然隣り合わせた男性陣に声をかけ、大騒ぎをし出し、私は一人、呆れるようにそれを眺めていた。
 「あら、あなたも折角だから楽しみなさいよ」
 そう言って、同じようにしらけムードで酒を飲んでいた浩介の手を取った飲み屋のママが、二人にウィンクをしてみせる。
 ダンスなどしたことがない。ましてや、初めて知り合ったばかりの人と胸を合わせて踊る気にもなれない。その思いは、浩介も同じようだった。困った素振りをする私を見て、浩介も頭を掻いて、参りましたねと苦笑いをする。
 悪い人じゃないようだ。
 そう思った私も、本当にと頷く。
 特別な話はなかった。
 ただ悪乗りをしている同僚たちを見て、まったくとか呆れるとかそういう類いの言葉を繰り返し、その場は終わった。
 慣れない仕事に、慣れないお酒の席。
 翌日の私は、最悪な気分だった。
 これが俗にいう二日酔いというやつか。
 父親がなっていて、不快な顔をしていた自分を思い出し、苦笑いした私が鏡に映る。

 もう二度と会うこともないと思ったはずの浩介と再会は、すぐに訪れた。
 その頃、好きだったアーティストの野外イベントを見に行くため、私は親友である三ツ木麻衣子を従え入った旅行代理店の席、目の前の浩介を見て驚く。
 一瞬、間はあったものの、淡々とツアー計画を練り上げて行く浩介。
 相手は業務中、当然だと思いつつ、内心、がっかりしている自分がいた。
 私たちは一通りの手続きを済まし、席を立つ。
 通常ならその場で一礼して、お客様を送り出すというのが主流。だがその時の浩介は違っていた。
 出入り口まで私たちと共にし、外まで一緒に出たところで、浩介は私に向かって、俺のこと、覚えていますかと尋ね、頭を掻く。
 これは業務違反だ。
 私は、嬉しさに頬を緩ませる。
 自分でも驚くほど元気がいい返事をしてしまい、顔が赤くなる。
 それに面を食らったのが麻衣子だった。
 「何々、何の話?」
 キョロキョロする麻衣子を置いてきぼりにしながら、私たちはすぐに恋に落ちた。
 それはルルドと同じくらい遠い話。
 西日の当たる部屋の片隅、二人で撮った写真が物語っている。
 捨てようと、何度も思ったのに捨てられず、埃を被り皮肉なくらい幸せそうに微笑む、二人がそこには写っている。



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