ルルドの風

 4.悴んでしまった心


 二人の間に沈黙が続く。

 何を話していいのか分からない。
 麻衣子の瞳は赤くなり、止めどなく流れる涙が頬を伝っていく。
 「ずっと謝りたかった」
 そう切り出す麻衣子の顔を、私はじっと見る。
 「千奈が傷付くのが分かっているのに、あんな嘘……」
 「嘘?」
 私は瞳をゆらゆらと揺らす。
 「千奈に、一緒に行って欲しい場所がある」
 そう言って麻衣子は伝票を持ち、出口へと向かった。
 二人は電車を乗り継ぎ、浩介の故郷である街へ足を踏み下ろす。
 麻衣子はあれから一言も口を開いていない。
  困惑する私に、時折微笑む。それが寂しそうで、私は何も聞けなくなっていた。
 小さなお寺が見えて来て、麻衣子は一度足を止め、深呼吸を一つし、中へと入って行く。
 訳が分からないまま、私はその後ろを同じように歩く。

 雨粒が傘に当たる音が、やたら煩かった。
 麻衣子が途中で買った花を手向け、私を振り返る。
 戸部家と刻まれた墓標に、私は目を大きくしていた。
 「浩介さん、千奈を連れてきましたよ」
 「……どういうこと」
 「彼、5年前に亡くなったの」
 戸惑う私に、麻衣子は申し訳なさそうに口を開く。
 「私、彼に頼まれていたの。恋人のふりをしてくれって。でも、そんなの出来ないって何度も断ったけど、彼に泣いて頼まれて、どうしても断れなくなっちゃって」
 「……嘘?」
 「彼、悪性のリンパ腫に侵されれていたの。気が付いた時にはもう手遅れで、手の施しようがなかった」
 「だったらなぜ、私にそのことを知らせてくれなかったの」
 「何度も言おうと思ったわよ。だけど彼、全然希望を失くしていなくって、言うんですもの。ルルドの泉に行って病気治して、そしたらまた千奈子にプロポーズするんだって。だからそれまでは、内緒にしておいて欲しいって。ビッグサプライズにしたいからって」
 涙声で言う麻衣子の言葉が、雨音で打ち消されて行く。

 信じられるはずがない。全てが私の為というの?

 帰り道、麻衣子はずっと私の手を握ってくれていた。
 すっかり冷え切ってしまった手に、無情に雨粒が落ち、全てを悴ませる。
 「本当は、千奈にそばにいて欲しかったと思う」
 私の部屋に着いた麻衣子が、ホットコーヒーで手を温めながら言う。
 こんなに悲しいのに涙が出ないのは、私が冷たい人間だから。それとも5年の歳月が、浩介への思いを風化させてしまったからなのだろうか。

 驚きはしたが、私は麻衣子の話を淡々と聞いていた。

ー4ー

 

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