二人の間に沈黙が続く。
何を話していいのか分からない。
麻衣子の瞳は赤くなり、止めどなく流れる涙が頬を伝っていく。
「ずっと謝りたかった」
そう切り出す麻衣子の顔を、私はじっと見る。
「千奈が傷付くのが分かっているのに、あんな嘘……」
「嘘?」
私は瞳をゆらゆらと揺らす。
「千奈に、一緒に行って欲しい場所がある」
そう言って麻衣子は伝票を持ち、出口へと向かった。
二人は電車を乗り継ぎ、浩介の故郷である街へ足を踏み下ろす。
麻衣子はあれから一言も口を開いていない。
困惑する私に、時折微笑む。それが寂しそうで、私は何も聞けなくなっていた。
小さなお寺が見えて来て、麻衣子は一度足を止め、深呼吸を一つし、中へと入って行く。
訳が分からないまま、私はその後ろを同じように歩く。
雨粒が傘に当たる音が、やたら煩かった。
麻衣子が途中で買った花を手向け、私を振り返る。
戸部家と刻まれた墓標に、私は目を大きくしていた。
「浩介さん、千奈を連れてきましたよ」
「……どういうこと」
「彼、5年前に亡くなったの」
戸惑う私に、麻衣子は申し訳なさそうに口を開く。
「私、彼に頼まれていたの。恋人のふりをしてくれって。でも、そんなの出来ないって何度も断ったけど、彼に泣いて頼まれて、どうしても断れなくなっちゃって」
「……嘘?」
「彼、悪性のリンパ腫に侵されれていたの。気が付いた時にはもう手遅れで、手の施しようがなかった」
「だったらなぜ、私にそのことを知らせてくれなかったの」
「何度も言おうと思ったわよ。だけど彼、全然希望を失くしていなくって、言うんですもの。ルルドの泉に行って病気治して、そしたらまた千奈子にプロポーズするんだって。だからそれまでは、内緒にしておいて欲しいって。ビッグサプライズにしたいからって」
涙声で言う麻衣子の言葉が、雨音で打ち消されて行く。
信じられるはずがない。全てが私の為というの?
帰り道、麻衣子はずっと私の手を握ってくれていた。
すっかり冷え切ってしまった手に、無情に雨粒が落ち、全てを悴ませる。
「本当は、千奈にそばにいて欲しかったと思う」
私の部屋に着いた麻衣子が、ホットコーヒーで手を温めながら言う。
こんなに悲しいのに涙が出ないのは、私が冷たい人間だから。それとも5年の歳月が、浩介への思いを風化させてしまったからなのだろうか。
驚きはしたが、私は麻衣子の話を淡々と聞いていた。
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