真冬のぴんと張りつめた空気が、頬を刺す。
吐く息が途端に白くなっては、夜空に吸い込まれて行く。
観光スポットなのだろう。他にも何組ものカップルが寄り添い夜空を見上げている。
岡田が言っていたことは、まんざら嘘じゃなかったようだ。
三脚にカメラを固定させ、望遠レンズを付けたカメラのシャッターを幾度も切り続ける音が、静寂を打ち消している。
そんな岡田の横に、私は立っていた。
しばらくファインダーを覗き込んでいた岡田が、ふと、顔を上げ私を見る。
目が合い、私は慌て逸らす。
気が付くと、私は岡田に、浩介の面影を探していた。
全くの別人なのに、どうしても浩介に思えてしまう。だからきっと、この誘いにも乗ったんだろうと思う。
「綺麗だな」
棒読みに近いセリフに、私はクスッと笑ってしまう。
あれだけ付きまとってきていたのに、女性に慣れていないようで、いざ二人きりになると言葉数が少なくなる。そのあたりも浩介によく似ている。だからあの時、悪びれる浩介が信じられなかった。
手袋をしているのにも拘らず、私の手は悴み、引っ切り無しに手を擦り合わせていた。 ふと顔を向けた岡田が急に私の手を取り、自分のポケットにしまわせる。
私は泣きそうになり、岡田の顔を見上げる。
冷え性の私の手を、浩介もいつもこうしてくれていた。
「……浩ちゃん」
つい口を次いで出てしまった言葉に、岡田は気が付かなかったようだ。無言で夜空に広がる満面の星を見上げていた。
「本当に綺麗だよな。ほらこうすると一つくらい取れそうな気になる」
岡田は無造作に、ポケットにしまっていない左手を空へ突き上げる。
自分で言っときながら、顔を赤くしている岡田の横顔を泣きたいような笑いたいような気持で、盗み見る。
「おっ、ヤッター成功した」
その呟きに、何のことだろうと私は首を傾げる。
「星、捕まえたからあんたにやるよ。本当はこっちの薬指に贈りたいんだけど、先約者がいるんだろ?」
ポケットの中の手を強く握られ、私は困った笑みで見つめる。
「ほら早く受け取れよ」
岡田に急かされ、右手を差し出す。
それは、流れ星を模ったネックレスだった。
岡田は私の手を放し、ぷいと横を向いてしまう。
「始まったぞ」
ファインダーを覗きこむ岡田に言われ、私は再び夜空を見上げる。
涙が出るほどそれはとても綺麗で、岡田の優しさが身に染みていた。
だけど、空を見上げながら私は矢張り、岡田に浩介を求めてしまうずるい女。
このまま消えてなくなってしまいたいと思った。
「願い事、あるんだろ。さっさとしないと終わっちまうぞ」
引っ切り無しに切られるシャッター音。そこにいた人たちと息使い。全てが夢のようだった。
私は星が降る夜空に、ひたすら浩介の帰りを願う。それがたとえ無理な願い事と知っていても、やはり浩介に会いたい。
深夜の車中、二人は無言だった。
このまま真っ直ぐ家に送り届けてくれるなど、さらさら思っていない。
転々とホテルのネオンが見え隠れする道。一緒にここへ来ると決めた時に、多少なりにも覚悟はしてきたつもりだ。なのに手足が震えている。
岡田の運転する車は、湖面に影を映すホテルの中へ滑り込んでいき、私は躰を強張らせる。
「先に、シャワー浴びてもいいか」
そう言って岡田がバスルームへ消えて行く。
当然だ。男と女の行きつくところなんていつだって決まっている。
岡田は間もなくガウンに着替えて、部屋に戻って来た。
「あんたも浴びてきなよ」
私は覚悟を決め、バスルームへ向かい、戻ってきて拍子抜けをしてしまう。
岡田はソファーにもたれ掛るように、眠りについていた。
堪えていたものが噴き出してくる。
目的はよく分からないが、私はこの優しさを利用し、二度と戻って来るはずのない人のことを……。そう思っただけで胸が苦しくなり、涙が止まらなかった。
広すぎるベッドに横たわっても、しばらく眠りにつくことは出来ず、白々とした朝が窓辺に届く頃、ようやく私はうとうとし始める。
-7-