目を覚ますと、岡田の姿はなく、タクシー代だと書かれたメモとお金がテーブルに置かれていた。
夢でも見ていたように、岡田はその日から、私の目の前に現れなくなった。
西日の当たる部屋で、また一人きりの生活が始まり、私は忙しさに身を任せすべてを忘れるように努める。
窓辺に置かれたサボテンの花が咲き、新しい年明けに、久しぶりに実家へ帰る。
年老いた両親が目を細め、私の帰りを歓迎してくれている。食べきれないほどの料理。ポツリポツリ集まる兄妹家族。
まるで、腫物でも触るように私に気遣って来てくれた家族の笑顔に囲まれながら、私は自然と笑みを溢す。
当たり前のことが当たり前に、出来なくなっていた自分に、私は改めて気が付く。
岡田との出会いは、わずか2カ月余りのものだったのに、私にたくさんのものを、取り戻させてくれていた。
部屋に一人戻り、私の中に閉じ込められていた感情が、わっと溢れ出す。
戸部浩介じゃない、岡田健太郎に今は会いたい。だけどまた私は、岡田の時折見せる仕草に、浩介を垣間見てしまう。
この気持ちに、素直になれるはずがない。
それなのに、私は自分が理解できなかった。
藁にもすがる思いで、私は麻衣子にメールを送る。
この苦しい気持ちを整理したかった。
会って間もない相手なのに、どうしてこんなに気になるのか、ほとほと手をやける自分の気持ちに、困り果てていた。
どうしていいのか分からないが、きちんと岡田に会って話をしなければいけないと思った。
……本当は嘘。
浩介なのか確かめたいだけだ。
あの満面の星空。
急に歌い出した浩介を、私は不思議に思い見上げていた。
どうしてこんな大事なこと、忘れてしまっていたのだろう。私が言ったんだ。最高のプレゼントになるって。そしたら浩介、あなたはもっと素敵なものがあるよと言って、プロポーズをしてくれたんだ。照れ笑いする浩介の胸で、しばらく顔を埋めて、動けずにいた私の頭を撫でてくれていた。
浩ちゃんはいつもそう。私を子供扱いをする。
はぐれるなよって。手を強く握り締められ、もうって頬を膨らませて拗ねる私は、また頭を撫でられてしまう。
大切な浩介との時間。
……忘れられるはずがない。
それなのに……。
時差など考える余裕もなく、私は麻衣子からの返信を待った。
思ったより早い返信に、私は眉を寄せる。
その返事は意外なもので驚く。
昨日、麻衣子夫妻は予定より早く帰国して来ていた。
これで岡田の居場所が分かる。
招かれた麻衣子の家に私は勇んで出かける。
「岡田?」
麻衣子夫妻は顔を見合せて首を傾げる。
「私と同じテーブルに居た方よ」
「ああ向かいの席に座るはずだったのは、川本だ。あいつ、当日になって高熱出したからこれないって。大学のサークルで一緒だった奴だけど、写真、あったかな?」
写真を見て、私は絶句してしまう。
岡田とは似ても似つかぬ人物が、そこには写っていた。
「写真、やっているって話していたんでしょ」
何かを閃いたらしく、麻衣子がパソコンを開き検索を始める。
全然思いつきもしなかった。
麻衣子が、満面の笑みで顔を上げる。
もう、私の答えは決まっていた。